最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)2122号 判決 1997年1月20日
上告人
喜多茂
同
喜多ヨシ子
右両名訴訟代理人弁護士
花岡康博
村松靖夫
被上告人
城南信用金庫
右代表者代表理事
真壁実
右訴訟代理人弁護士
市来八郎
亀井時子
浅井通泰
主文
原判決を次のとおり変更する。
1 上告人らは、被上告人に対し、連帯して、一六八五万五六九二円及びこれに対する平成五年二月九日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
2 上告人喜多茂は、被上告人に対し、三〇七七万五二九二円及びこれに対する平成五年二月九日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
3 被上告人のその余の請求を棄却する。
訴訟の総費用はこれを三分し、その一を上告人らの連帯負担とし、その余を上告人喜多茂の負担とする。
理由
上告代理人花岡康博、同村松靖夫の上告理由について
一 本件は、被上告人が、後記貸金5及び6の借主又は連帯保証人である上告人らに対してその残元本四七六三万〇九八四円及び約定の損害金の支払を求め、予備的に後記貸金1ないし4の連帯保証人である上告人茂に対してその残元本四七六三万〇九八四円及び約定の損害金の支払を求める事案である。争点は、債務者複数の根抵当権に基づき根抵当権者である被上告人が受領した配当金によりその被担保債権である本訴請求債権のうちどの部分が消滅するかという点であるが、上告人らは法定充当の規定により貸金5及び6に先に充当されると主張し、被上告人は充当の選択権を有する根抵当権者である被上告人が選択した貸金1ないし4に先に充当されると主張している。
二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、株式会社喜多コピーサービスセンター(以下「訴外会社」という。)及び上告人茂に金銭を貸し渡したが、その契約内容及び履行状況等は次のとおりである。
(一) 貸金1
借主訴外会社、連帯保証人上告人茂、貸付日平成二年一〇月三一日、貸付額二〇〇〇万円、利息年9.1パーセント、損害金年一四パーセント、返済期限同九年一〇月一〇日、訴外会社が同三年八月二九日に手形交換所の取引停止処分を受けたため約定により同日期限の利益を喪失し、同五年二月八日における債権額は元本一七七九万七三二二円、損害金三一一万二八二四円である。
(二) 貸金2
借主訴外会社、連帯保証人上告人茂、貸付日平成二年一一月二九日、貸付額三五〇万円、利息年8.9パーセント、損害金年一四パーセント、返済期限同五年一一月二五日、貸金1と同様の理由により同三年八月二九日に期限の利益を喪失し、同五年二月八日における債権額は元本二七〇万円、損害金三九万六七一六円である。
(三) 貸金3
借主訴外会社、連帯保証人上告人茂、貸付日平成三年二月二五日、貸付額三五〇〇万円、利息年9.2パーセント、損害金年一四パーセント、返済期限同一三年二月一〇日、貸金1と同様の理由により同三年八月二九日に期限の利益を喪失し、同五年二月八日における債権額は元本三二〇九万一八八三円、損害金五七四万八四〇三円である。
(四) 貸金4
借主訴外会社、連帯保証人上告人茂、貸付日平成三年二月二七日、貸付額二七〇〇万円、利息年9.2パーセント、損害金年一四パーセント、返済期限同一三年二月二〇日、貸金1と同様の理由により同三年八月二九日に期限の利益を喪失し、同五年二月八日における債権額は元本二六五七万三八一一円、損害金四七八万〇三七三円である。
(五) 貸金5
借主上告人茂、連帯保証人上告人ヨシ子、貸付日平成三年二月二七日、貸付額一五六〇万円、損害金年一四パーセント、返済期限同三年一〇月一八日、既に約定の返済期限が到来し、同五年二月八日における債権額は元本一五六〇万円、損害金二六七万七七四九円である。
(六) 貸金6
借主上告人茂、連帯保証人上告人ヨシ子、貸付日平成三年二月二七日、貸付額七〇〇〇万円、利息年9.2パーセント、損害金年一四パーセント、同三年三月から同一八年二月まで毎月末日限り元利均等返済、上告人茂が約定の割賦金の支払をせず被上告人からの書面による支払催告にも応じなかったため約定により同三年一二月六日に期限の利益を喪失し、同五年二月八日における債権額は元本六九二六万九五六二円、利息二二三万四八四四円、損害金一一四二万四七三三円である。
2 上告人茂と被上告人は、同上告人所有に係る第一審判決添付物件目録記載の不動産について、次の内容の根抵当権設定契約を締結した。
(一) 一番根抵当権
平成二年一〇月三一日設定
極度額 三〇〇〇万円
債権の範囲 信用金庫取引、手形債権及び小切手債権
債務者 訴外会杜
根抵当権者 被上告人
(二) 二番根抵当権
平成三年二月二五日設定
極度額 二億円
債権の範囲 信用金庫取引、手形債権及び小切手債権
債務者 訴外会社及び上告人茂
根抵当権者 被上告人
3 被上告人は、平成五年二月八日、本件不動産について申し立てられた不動産競売事件の配当金として、一番根抵当権に基づき三〇〇〇万円、二番根抵当権に基づき一億一六七七万七二二八円を受領した。
4 被上告人は、同年九月三〇日、上告人らに対し、本訴請求債権のうち八円の支払義務を免除した。
三 原審は、右事実関係に基づき、次のとおり判断した。
1 債務者を訴外会社とする一番根抵当権に基づく配当金三〇〇〇万円は、その被担保債権である貸金1ないし4のうち、まず損害金の全額一四〇三万八三一六円に充当され、次いで元本七九一六万三〇一六円のうち一五九六万一六八四円に充当される。右充当後の貸金1ないし6の債権額は、次のとおりとなる。
(一) 貸金1ないし4 元本合計六三二〇万一三三二円
(二) 貸金5 元本一五六〇万円、損害金二六七万七七四九円
(三) 貸金6 元本六九二六万九五六二円、利息二二三万四八四四円、損害金一一四二万四七三三円
2 債務者を訴外会社及び上告人茂とする二番根抵当権に基づく配当金一億一六七七万七二二八円は、債務者を訴外会社とする部分及び債務者を同上告人とする部分に債権額に応じて案分され、それぞれの部分によって担保される複数の債権間においては法定充当の規定に従い充当される。
3 債務者を訴外会社とする部分によって担保される債権は貸金1ないし4で、その額は六三二〇万一三三二円であり、債務者を上告人茂とする部分によって担保される債権は貸金5及び6で、その額は一億〇一二〇万六八八八円であるから、二番根抵当権に基づく配当金一億一六七七万七二二八円を各債権額に応じて案分すると、債務者を訴外会社とする部分への案分額は四四八九万一一六四円となり、債務者を同上告人とする部分への案分額は七一八八万六〇六四円となる。
4 債務者を訴外会社とする部分への案分額四四八九万一一六四円は、弁済期が同時に到来した貸金1ないし4(元本合計六三二〇万一三三二円)について各債権額に応じて案分充当され、右充当後の貸金1ないし4の債権額の合計は、元本一八三一万〇一六八円となる。
5 債務者を上告人茂とする部分への案分額七一八八万六〇六四円は、まず貸金5及び6の利息、損害金の全額(一六三三万七三二六円)に充当され、次いで先に弁済期の到来した貸金5の元本の全額(一五六〇万円)に充当され、更に貸金6の元本六九二六万九五六二円のうち三九九四万八七三八円に充当され、以上の充当後の貸金6の債権額は、元本二九三二万〇八二四円となる。
6 よって、被上告人の上告人らに対する請求(貸金5及び6についての請求)は上告人らにつき二九三二万〇八一六円(八円は免除)及びこれに対する平成五年二月九日以後の約定の損害金を、上告人茂に対する予備的請求(貸金1ないし4についての請求)は一八三一万〇一六八円及びこれに対する同日以後の約定の損害金を、それぞれ認容すべきである。
四 しかしながら、原審の右三の1及び2の判断は正当として是認することができるが、同3以下の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 不動産競売手続における債務者複数の根抵当権についての配当金が被担保債権のすべてを消滅させるに足りない場合においては、配当金を各債務者に対する債権を担保するための部分に被担保債権額に応じて案分した上、右案分額を民法四八九条ないし四九一条の規定に従って各債務者に対する被担保債権に充当すべきである。けだし、債務者複数の根抵当権は、各債務者に対する債権を担保するための部分から成るものであるが、右各部分は同順位にあると解されるから、配当金を各債務者についての被担保債権額に応じて右各部分に案分するべきであり、債権者の選択により右各部分への案分額が決められるものと解する余地はなく、また、同一の債務者に対する被担保債権相互間においては、法定充当の規定により右案分額を充当することが合理的であるからである。原審の判断のうち以上と同趣旨をいう部分は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
2 右1における案分の基礎となる各債務者についての被担保債権額を算出する場合には、ある債務者に対する債権の弁済によって他の債務者に対する債権も消滅するという関係にある複数の被担保債権があるときにおいても、いずれの債権もその全額を各債務者についての被担保債権額に算入するべきであって、右算入額の合計額が根抵当権者が弁済を受けることができる額を超えてはならないものではない。けだし、根抵当権者が右のような関係にある複数の債権を有し、そのいずれについても根抵当権を有するという地位は、右1の案分をするに当たっても考慮されるべきである上、右のような複数の被担保債権の相互関係は、本件のような主たる債務者に対する債権とその連帯保証債権に限られるものではなく、同一の約束手形の複数の裏書人に対する手形金債権である場合や約束手形の振出人に対する手形金債権と右手形の割引依頼人に対する手形買戻請求権である場合など多種多様な場合があり得るところ、根抵当権者が弁済を受けることができる額を超えて被担保債権が算入されることがないような基準をあらゆる場合について策定することは事実上困難であって、いずれの債権もその全額を算入する扱いが簡明であり、問題の性質上合理的であるといえるからである。
これを本件について見るに、原審の適法に確定したところによれば、上告人茂を借主とする貸金債権である貸金5及び6(一億〇一二〇万六八八八円)のほか、訴外会社を借主とする貸金債権である貸金1ないし4についての同上告人に対する連帯保証債権(六三二〇万一三三二円)も二番根抵当権のうち債務者を同上告人とする部分によって担保されているものというべきであるから、同上告人に対する被担保債権額に右連帯保証債権の額を算入しなかった原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法がある。
3 以上の説示に従い二番根抵当権に対する配当による被担保債権の消滅について検討するに、訴外会社に対する被担保債権の額は貸金1ないし4の合計額六三二〇万一三三二円であり、上告人茂に対する被担保債権の額は貸金1ないし6の合計額一億六四四〇万八二二〇円であるから、配当金一億一六七七万七二二八円を各債権額に応じて案分すると、債務者を訴外会社とする部分への案分額は三二四二万六〇四〇円となり、債務者を同上告人とする部分への案分額は八四三五万一一八八円となる。
債務者を訴外会社とする部分への案分額三二四二万六〇四〇円は、弁済期が同時に到来した貸金1ないし4(元本合計六三二〇万一三三二円)について各債権額に応じて充当され、充当後の債権額は、貸金1ないし4の元本三〇七七万五二九二円となる。
債務者を上告人茂とする部分への案分額八四三五万一一八八円は、法定充当の規定に定めるところと異なる充当をするべき事由につき何らの主張、立証のない本件においては、まず貸金5及び6の利息、損害金の全額(一六三三万七三二六円)に充当され、次いで同上告人にとって弁済の利益が多い貸金5及び6のうち先に弁済期の到来した貸金5の元本の全額(一五六〇万円)に充当され、更に貸金6の元本六九二六万九五六二円のうち五二四一万三八六二円に充当される。以上の充当後の債権は、貸金6の元本一六八五万五七〇〇円及び貸金1ないし4についての連帯保証債権となる。そうすると、被上告人の上告人らに対する請求(貸金5及び6についての請求)は上告人らにつき一六八五万五六九二円(八円は免除)及びこれに対する平成五年二月九日以後の約定の損害金を、上告人茂に対する予備的請求(貸金1ないし4についての請求)は三〇七七万五二九二円及びこれに対する同日以後の約定の損害金を、それぞれ認容すべきである。
以上によれば、原判決の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れず、右説示に従い原判決を主文のとおり変更すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官福田博 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)
上告代理人花岡康博、同村松靖夫の上告理由
第一点 原判決は、民法四八九条の所謂法定充当の各規定は、債務者が同一であることをその要件とし、共用根抵当の場合は債務者が複数であることから、同条の適用はないとする。右民法四八九条の解釈は判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一 実定法上法定充当を定める民法四八九条は債務者が同一であることが必要である旨の明文の規定はない。
右法定充当の規定に関連する指定充当を定める民法四八八条にも債務者が同一であることが必要である旨の明文の規定はない。
講学上、弁済充当の要件は、
(a) 債務者が、同一債権者に対して数個の債務を負担するか、一個の債務の弁済として数個の給付をなすべき場合であること。
(b) 数個の債務または数個の給付義務の内容は同種であること。
(c) 弁済として提供した給付が総債務を消滅せしめるに足りないこと。
を挙げるのみであり(注釈民法二〇六頁、(2)弁済の要件)債務者が同一であることを要件としないのが一般である。
二 では、論理的見地から、債務者が同一であることは必要か。弁済充当は弁済者のなした事実行為としての一個の給付をどの債務に充当するのかの問題であることから、あるいは給付行為者たる弁済者が同一であることは要件となり得るかもしれない。しかし、充当される債務の主体たる債務者が同一である論理的必然性はない。
論理的に必要があるのは、充当される債務の範囲を画することであるが、これは意思表示の解釈の問題である。
例えば、銀行に対し、債務者Aのためと、債務者Bのために物上保証しているCの弁済は、AかBかのいずれかの債務に充当されるものであり、Cと全く無関係な右銀行の無数の債務者の誰かのために弁済されたものでないことは明白である。
三 尚、従来の学説、判例が民法四八九条の適用につき、主たる債務者が同一人であることを要件としていないことは明らかである。
主たる債務と連帯保証債務はいずれが債務者のために弁済の利益が多いかとの問題は、主たる債務者が複数であることを当然の前提としている。
第二点
仮に、原審の判決に従い民法四八九条の法定充当は債務者が同一である事を要件としていたとしても本件の場合のように、共用根抵当権であり、かつ、債務者たる個人と法人代表者が一致し、債権者、債務者双方で実質的には一個の債務者に対する取り引きとしての意識しかない事例については、同条は準用されるべきである。
右に反する原審判決は民法四八九条の適用を誤る法令の違背がある。
一 東京地方裁判所昭和四七年九月一三日判決は、本件事例と同様に債務者が法人である個人企業とその代表者である関係を根拠に「かような場合に債務者が同一である場合につき定めた民法の法定充当の規定を準用して決すべきである」とする。(判例時報六九四号、六九頁。尚、右雑誌のレジメは「……本件の場合は、債務者本人と第三者が法人である個人企業とその代表者であるような関係にあるから法定充当の規定を準用すべきであるとしたもので、本件事案の結論としては全く異論がないところであろう。この種の問題に就いては学説、判例も見当たらないようであるが、本判決の法理は債務者本人と第三者が本件のような特殊の関係になくても広く第三者による弁済が認められる場合に適用できるのではないであろうか」とする。)
二 共用根抵当権の実際の運用は、本件に示される通り、債務者に於いて個人企業の代表者と本人というように債権者から見て一体として意識される場合の担保設定方法であり、本件の場合も従前は個人企業である訴外(株)喜多コピーのみが債務者であったが、債権者である被上告人の内部稟議上の問題からその指導により一部形式的には代表者本人を貸付先とした。しかし、実際の資金の使用、返済、はすべて企業がなしていたとの事案である。
よって、個人企業と代表者本人は取り引きとして全く区別されていなかった。
かかる場合につき法定充当を認めないことは極めて不都合である。
第三点
原判決は「……すなわちいわゆる共用抵当権が設定された時……これらの債権は同等に扱われるべきであり配当金は各債権額に於いて按分されるべきである。」と判示し、共用抵当権と同順位の抵当権とを同視する。
右は理由不備の違法があるか、又は、抵当権の配当に関する法規の解釈に判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
(尚、原判決は「共用抵当権」というが、実務上存在するのは本件と同様「共用根抵当」であり、右共用根抵当は、継続的取引関係であり、債務者は本件と同様代表者個人と法人というように密接な関係がある場合が多い。かかる類型であることの認識も本件解釈の重要な要素である。)
一 共用根抵当は複数の債務者が一個の根抵当権を共用するものであり根抵当権としては一個である。
根抵当権の数は登記簿の番号ごとに、即ち、登記簿の枠ごとに一個と数える。
尚、共用根抵当権に関する唯一の通達である昭和三七年七月六日民事発六四六号・民事局第三課長回答の通達も要旨「債務者を異にする数個の債権を併せ担保するために、物上保証人から担保を徴求し、これについて一個の根抵当権を設定しその登記をすることができる。」と一個の根抵当権という表現をする。
原判決の「同順位で担保」という表現は共同根抵当権の場合、根抵当権の数自体複数であることが前提であり、基本的には疑問である。
二 右は単に表現の問題ではない。
実定法は根抵当権はその枠ごとに登記され、「その(根)抵当権の順位は登記の前後による」(民法三七三条一項)
競売手続きに於ける配当金もこの根抵当権の枠ごとに確定され、配当される。
よって、共用根抵当の場合も、一個の根抵当権として、その根抵当枠で配当金を受け、各債務者ごとに充当される配当金が確定するわけではない。この根抵当枠に対する配当までが根抵当権の効果であり、右以後どの債務に組み入れるかは他の法律関係、即ち充当の問題である。
共用根抵当の各債務者に対する弁済充当の問題を真に同順位の根抵当権と同様配当の問題として処理しようとすれば、当該根抵当権枠のみならず、各債務者に対する充当金額も配当表に記載し、その争訟は配当異議の対象となりその場で異議を述べる必要がある。現在の競売実務がかかる方式をとっていないことは明らかである。
原判決は、この論理的に峻別すべき配当と充当の概念を故意に曖昧にし、「割り付け」なる表現をしている。右は本件の中心的問題の検討を回避するものである。
三 同順位の根抵当権は、積極的に順位を同じくしようという思想により設定される。一方、共用根抵当は担保順位には関心を有さない。債務の返済順位を他の法規に譲るとの主旨である。
右は共用根抵当の債務者の信用がほぼ同一であること、債務者は形式上複数であるが、実質的には同一に近いことを示す。
結論
以上により本件は、あくまでも弁済の充当問題であり、かつ、競売に於いてはその充当方法は法定充当の法理によることは判例上確定している(最高裁判例昭和六二年一二月一八日)よって、本件は民法四八九条の適用ある場合であるが、いずれの債務も弁済期にあるから、同条二号により、弁済者である喜多茂の「弁済ノ利益多キモノ」に充当される。
本件の場合、茂個人の債務への充当は訴外会社の債務への充当により、同人にとって利益の大きいものであり、まず、同人の主たる債務が弁済される事案である。
民法四八九条二号は文理上「債務者ノ為メニ弁済ノ利益多キモノヲ先ニス」とあり「弁済者ノ為メニ」と表現されていない。しかし、右文理はその債務者は弁済者と読み取るべきである。
同条の立法主旨は
「当事者間に充当契約がなく……中略……なお、いずれの債務が消滅したかを定める必要がある。本条は弁済者の通常の意思を推測し、殊に弁済者の利益を図って、充当に関する法定の順序を定めたものである。」(注釈民法二一六頁Ⅰ本条の趣旨)
即ち、本条は弁済者の通常の意思の推測と弁済者の利益を図ることによって順位が法定されたものである。
本条文理が「債務者ノ為メニ弁済ノ利益多キモノ」とされたのは、通常弁済者は債務者であること、弁済者が第三者の場合は債務者の利益が即、弁済者の意思であること、債務そのものの内容、例えば金利についての定めを比較する場合、債務者の利益と言う表現を使用せざるを得なかったことに由来するものと推測され、先の立法趣旨から弁済者の利益を第一と考えることは論理解釈上当然である。
例えば、債務者にA、B両債務が存在し、弁済者がA債務に付いてのみ抵当権に設定をしている場合、債務者としての利益は同等であるが、弁済者の利益を考慮し、弁済はA債務に充当されるべきである。ことに本件は、弁済者は即ち、債務者喜多茂であることから「弁済者タル債務者ノ為メニ利益ノ多キモノ」と解することによって文理上の難点も克服し得る事案である。